オーケイオーケイ、それでは早速スクリプトの感想行きますか。more? からどうぞ。あと、一応書いておくけど、生活の全てを馬に捧げてるわけではないです。今もあと1時間したら出かけるっていう、そういう時間です。ちゃんとオペラの衣装もやってます!信じて!
あーーりーーーーがーーとーーーう!!脚色家の人、本当にありがとう!!グッジョブ!さすがです。さすがです!
これで全て揃った、全てのピースが揃った、という気持ちです。原作は馬のジョーイの視点から、続編は第三者の視点から、そしてこのスクリプトは、アルバート少年の視点から、全部が1つになってこの物語を全て知ることが出来た、という気持ち。嬉しい!凄く嬉しい!
これは原作者のこだわりなのかな、とも思うんだけど、原作にも続編にも、これだけアルバートはジョーイを好きで好きで仕方ないのに、ジョーイもアルバートが大好きなのに、love っていう単語が1つも出てこないんです。それは多分、馬視点で書かれている原作では、馬は人間とは違うんだから、本能の行動としてアルバートの元に帰るっていうのはあっても、それを愛っていう人間的な言葉では置き換えられないからなのかな、とナオは思いました。続編も、第三者が、彼らの気持ちを軽々しくは代弁できなかったからじゃないかな。と思う。だから、間接的な表現で、読者にそれを伝えているんだと思う。それはそれで、良いんだけど、充分伝わるんだけど!
そしてこのスクリプトです。舞台では、もっと分かりやすく観客に伝えなくちゃならない、というのが大きな理由だとは思うけど、それにしても!やっぱりナオは最初にこの舞台を観て、この物語を把握しちゃったから、アルバートがどれだけジョーイを大切にしてるか、に重点を置いてしまうんだ。それは仕方のないことだったんだ、と改めてこのスクリプトを読んで思ったよ。だって、アルバートはジョーイが大好きなんだから!
何より、1番最初にこの作品を観た時から、いつも感極まって号泣!の素晴らしい素晴らしいキラッキラの美しいシーンがあるんだけど、そこは台詞らしい台詞もないところで、だけどスクリプトにあるシーンの説明書きが、ああ、だからあのシーンはあんなにも、美しかったんだ…!という超納得!の説明で、これを読んで、ダイレクターと、美術と、役者と、全ての人がああいう風にこのシーンを表現した、っていう事に、感動アゲインですよ。その表現力!!どうしよう舞台観たくて仕方ないんですけど!!
もちろん舞台では、説明なんて1つもないし、観客はそれぞれの視点で、それぞれの解釈でもって作品を観ることができて、それが舞台の素晴らしいところなんだけど、自分の理解が、制作者とここまでピッタリだったと知ることができるのは、やっぱり嬉しい。ああやっぱりそういう風にとらえて良いんだ、アルバートはジョーイが大好きなんだ、って!ま、疑いよう無いんですけど。スクリプトには、原作以上に美しい単語がずらりです。読んでて美しすぎて優しすぎて、震える!
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